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これまでの放送内容

2011年8月21日(日)

生まれ島に咲きたくて

沖縄を代表する人気シンガー、池田卓。彼の生まれ島は、陸の孤島と呼ばれる西表島船浮。10周年の節目に島に帰ることを決断。生まれ島のために生きていく一人の青年の物語。

沖縄を代表する人気シンガー、池田卓。2000年に『島の人よ』でデビューし、生まれ島への想いを歌い続けて10年。その節目に島へ帰る決断をする。彼の生まれ島は、陸の孤島と呼ばれる西表島船浮。人口は、およそ40人。イリオモテヤマネコが捕獲された場所として知られ、捕獲した人物は、池田卓の父、池田米蔵。父は、息子に教えなければならないことがたくさんあると言う。そして、池田卓自身で企画し、4年前にスタートした『船浮音祭り』。去年、700人もの観客が船浮にやってきたことで、彼は島から歌を届けられる可能性を感じ始める。生まれ島のために生きていく一人の青年の物語。

制作局沖縄テレビ放送(OTV)

2011年8月14日(日)

中学生たちの戦争 ~追想画が伝える学徒動員~

熊本県の旧制人吉中学の同窓会が今年も開かれた。昭和17年4月の入学。彼らは3年生の時に戦争を背負わされた。学徒動員である。

男たちは戦争にとられ、生産現場は空洞化。中学生や女学生が労働力となった。西峯さんら人吉中の生徒たちは長崎の海軍工場に動員、到着5日目に戦争という現実を目のあたりにする。B29の大空襲だった。同じ熊本から動員されていた御船中の仲間たちに犠牲者が出た。死がすぐそこにあった。

戦争が全てだった時代…深刻な食糧事情が中学生たちを苦しめた。朝から夜まで、今日も明日も「ひもじい」。それは2度と体験したくない日々だった。そんな我が子を思い、親たちは食料を運んでくれた。ただし校則で差し入れは御法度。西峯さんたちは、それぞれの隠れ家で、親たちと会い空腹を満たした。親たちは自分たちの分を削って、我が子へ食料を届けた。西峯さんは、そんな母の愛を防空頭巾に感じていた。「僕の頭巾は他の人より一廻り大きかった」。こうした学徒動員の記憶を、西峯さんは追想画にして画集にした。次の世代に語り継ぐべき戦争。西峯さんの動員学徒追想画は、平和への願いである。

制作局テレビ熊本(TKU)

2011年8月7日(日)

昭和の町のおばちゃんパワー

毎年30万人を超す観光客が訪れる大分県豊後高田市の昭和の町。 わずか400メートルの道の両側に40ものレトロな店が軒を並べ、土蔵造りの旧農業倉庫にはおもちゃ館や絵本美術館などがある。ミゼットやボンネットバスが走り、町を巡るだけで昭和30年代にタイムスリップできる。

以前は国東半島の仏の里として知られていた町に「昭和の町」が誕生してちょうど10年。行政と商工業者、そして住民が協力して、かつての賑わいを取り戻した豊後高田市。その活性化の源を、生き生きと働く女性パワーを通して紹介する。

制作局テレビ大分(TOS)

2011年7月31日(日)

呼子活きイカ応援団長 いざ東京へ!

佐賀県、呼子名物『ケンサキイカの活き造り』。 このケンサキイカは非常にデリケートな生き物で長距離輸送が難しく、味わうことができるのは、九州北部にほぼ限定されています。そのためイカが捕れすぎると余り漁獲高が増やせないため、イカ漁中心に生活を営む呼子の漁業者の収入安定は望めません。

この現状打破に立ち上がったのが、峯 治生〈みね はるお〉さん(59歳)。平成18年、当時唐津市役所に在籍した峯さんは『からつブランド推進課』課長として活きイカの東京への大量輸送を起案します。九州大学、地元唐津の企業などの協力を得ながら3年間の試行錯誤を重ね『活きイカの遠距離輸送技術』を成功させます。
その後、峯さんは役所内の人事異動の為しばしイカ搬送事業から離れることになりますが、イカの東京輸送をビジネスとして軌道に乗せたいという情熱に突き動かされ、役所を定年まであと1年半という時期に自主退職を決意。肩書を公務員から『呼子活きイカ応援団長』と変え、乗り込んだ築地市場でのセリ、そして東京近郊のスーパーでのイカ活き造りの実演販売等でも上々の評価を獲得します。手応えを感じた峯さんは、今年度、第3のステップとして『呼子活きイカ』の東京での販路開拓に乗り出します。これは総務省や経済産業省からの補助金を受けた事業にも取り上げられ、ビジネス化のためには具体的な成果を今年9月までに上げなければなりません。本年度、東京へのイカ搬送のチャンスは4回だけ。
はたして残された時間の中で、ビジネス化への展望を見出せるのか。呼子活きイカの美味しさを、東京の人へも届けたいと奮闘する峯さんを紹介します。

制作局サガテレビ(STS)

2011年7月23日(土)

幸せのしずく

長崎市の特別養護老人ホーム「こえばる」で働く上田祥世さん(28)はいつも楽しそうにリビングやトイレを掃除する。

彼女は知的障害を抱えているけれど尊い精神をたくさん持っていて人間のあるべき姿を気づかせてくれる。毎日、額に汗して、真面目にこつこつと働き、きつくても不平を言ったり誤魔化したりしない。人を悪く思ったり、傷つけたりしない。綺麗になるのがただ嬉しくて掃除をする純粋な人だ。

そんな彼女の周りにはお年寄りと介護スタッフ、そして家族との温かい触れ合いがある。お年寄りは病気の後遺症や認知症を抱えながらも薄らいでいく記憶の中であの頃を懐かしんだり、日常のささやかな出来事に小さな幸せを感じて生きている。今は思い出すことができなくても心のどこかで覚えていると感じさせるお年寄りからは過ごしてきた長い人生の幸せや悲しみなどその瞬間瞬間が伝わってくる。番組ではひた向きに働く20代の女性の純粋さと失われる記憶の中でお年寄りがみつめる心の風景を描く。

制作局テレビ長崎(KTN)

次回放送内容

OA:2026.09.27(日)

聴覚に障がいがある選手で行うバスケ競技、デフバスケットボールの日本代表、井上和(なごむ)さん。31歳。宮崎県日南市で4人兄弟の末っ子として誕生。兄弟で唯一生まれつき音が聞こえなかったが、両親は「聞こえないのは個性」として前向きに子育てをしてきた。小学2年生の時バスケに出会い、次第にプロのバスケ選手を夢見るように。しかし、いじめが原因でそんな日常が崩壊し始める。「なんで僕は耳が聞こえないんだ」とぶつけてしまったのは、幼い時から1番の味方でいてくれた母だった。 ここまで支えてくれた両親に恩返しがしたい。現役ラストの大舞台・デフリンピックにかけた彼の想いと家族に密着した。

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